手すりの役割
建築物に設置される手すり。一言に手すりと言っても、階段に設置されるもの、バルコニーに設置されるもの、トイレの内部に設置されるものなど形状や仕様は様々です。その役割は設置される場所や仕様によってまちまちですが、大きく分けると以下の3つになると思います。
① 動作を補助 Ex) トイレ内の補助手すり、浴室内の補助手すり、玄関等の補助手すり ② 移動時の補助 Ex) 階段手すり、廊下手すり ③ 落下・転落防止 Ex) バルコニー手すり、階段手すり、吹抜手すり、窓などの落下防止手すり
ここでは建築において、特に大きな要素となる②および③の手すりについて書いていきたいと思います。
②移動時の補助
Ex) 階段手すり、廊下手すり
移動時の体の支えとして、また、体を移動させるためのガイドとして使用される手すり。廊下手すりは高齢者や体の不自由な方などが水平に移動するために支えが必要な場合に使用されるため病院などの廊下の壁に設置されていることが多いものです。
③落下・転落防止
Ex) バルコニー手すり、階段手すり、吹抜手すり、窓などの落下防止手すり
落下や転落を防止することを目的とした手すり。建物の利用者の安全を確保するために設置しますが、残念ながら事故はなかなか無くなりません。
例えば、東京都の商品等安全対策協議会による報告概要(平成29年度)によると平成19年4月~平成29年4月の間で東京都が把握したベランダからの子供(12歳以下)の転落事例は145件。その内、入院を要する事例は7割を超え、死亡に至った案件は2件となっています。事故発生原因を特定できている事例は少ないものの、分かっている事例のうち多くが、上を越えるというものとのこと。これは単に高さが不足しているというだけではなく、手すり下部に足掛かりとなる突起や水平材があったり、乗り移ることのできる踏み台やエアコンの室外機などが近くにあったり、身軽な子が笠木を手掛かりにしてよじ登ってしまったりと子供独特の行動によるものであったと報告されています。
また、東京都などが行った実証実験では子供の年齢によって乗り越えられる高さの手すりに大きな違いはあるが、建築基準法を順守した高さ(110cm以上)でかつ住宅性能表示性能で示された基準を満たした手すりであっても乗り越えられる子供が沢山いることが明らかになっているとのことです。(日経アーキテクチャ 2022年2月24日号)
手すりの法的な扱い
建築基準法施行令(以下 令) 第126条 屋上広場又は2階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが1.1m以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。
とあります。この条文は「第5章避難施設 第2節廊下、避難階段及び出入口」に含まれるもので、令第117条第1項には倉庫や自動車車庫等以外の特殊建築物や階数が3以上の建築物、無窓居室を有する建築物、延1,000㎡超の建築物が対象となっています。
■対象建築物
特殊建築物や階数が3以上の建築物など⇒不特定や多数の人が使用する建物や規模の大きい建物
■対象範囲
避難施設(避難等のための出入口、階段、廊下)⇒基本的には避難施設が対象となるが、明確にメンテナンスにしか使用しないキャットウォークなどを除き、不特定や多数の人が使用できる屋上やバルコニーなどで、転落を防止する必要がある部分は対象範囲に含まれると考えます。(実務においては設計者の考えや特定行政庁や確認審査機関の指導等により定められていくものになります)
また、
令第25条 階段には、手すりを設けなければならない。 -以下略-
ともあります。この条文は「第2章一般構造 第3節階段」に含まれるもので、すべての建築物が対象です。
■階段手すり
(1m以上の段差の)階段には手すりを設けなければならない。少なくとも片側に設置し、片側にしかない場合は反対側には側壁等を設置する
階段の手すりの規定は転落防止よりも、階段の上り下りに手掛かりとするものという意味合いが強いのか、高さに関する規定はありません。
法的規制ではないですが、住宅性能評価制度では手すり子の間隔を内法で11cm以下としています。これは子どもの体が通らない(頭が通らない)大きさと言われており、学校や保育園など小さな子供が使用する施設においては足掛かりならず、子供も通過しないとして11cm以下の竪桟とすることが一般的となっています。
適切な高さ
一般に階段手すりや廊下手すりなど、体を支え移動を補助する場合、床面から80cm程度の高さが使いやすいとされています。実際、私(身長176cm程度)はやはりそのあたりの高さが最も力が入りやすいかなと感じます。キッチンのように主として使用する人が限定され、継続的な作業を行う場合、天板の高さは個別性を踏まえて設計することも多いですが、例えば2段手すりとする場合、体の小さい子供用として床面から65cm、大人用として床面から85cmに設置するのが一般的です。
落下・転落防止としての手すりの場合、私は落下防止の役割が大きく柵状の形状の場合、設計図に「手すり柵」という書き方をすることが多いですが、これは最低でも床面から110cm以上となります。この110cmは建築基準法で定められた数値ですが、建築基準法ではすべての手すりを110cmとしなければならないと書いている訳ではありません。例えば、階段手すりついてはこの高さの規定に当てはまらないですし、法で定める特殊建築物以外の建物で、2階建て以下の建物などについても適用されません。また、避難施設(令13条に規定)にならない部分についての取扱いは特定行政庁や確認審査機関の判断にもよりますが、高さの規定は適用されないことになります。
2008年、階段で抱きかかえていた乳児が誤って転落してしまった痛ましい事故がありました。事故が起きた施設の階段手すりは当時高さ90cm程度でした(現在は130cm程度に改修されています)。この手すり高さが110cm以上あったら、また、現在と同じ130cm程度あったら事故を防ぐことができたかは分かりません。しかし、不特定多数が日常的に利用する階段の転落防止という観点から考えると90cmはやはり低くて危険だと思います。実際、体を支え、移動を補助することを意図した手すりはちょうど腰あたりに位置し、柔道の払い腰のように腰を支点に体が回転しまいそうな高さです。
例えば、屋外避難階段は階段なので法的に110cmの高さは必要ないと言えるかもしれませんが、令第126条の「その他これに類するもの」に該当すると考えることもできます。法の趣旨を類推すると、「冷静でない避難時において、転落することなく安全に速やかに避難できるための規定」ですから、屋外階段においても勿論踊り場を含め、段部も転落しないような高さの手すりが必要と考えます。
私の場合、不特定多数の使用が想定される階段では法的に必要性がなくても、110cm以上の手すり柵を設置し、必要に応じてハンドレールを手摺柵の内側に設置しています。
大手企業などにおいては、独自の社内規定を定めて法規制より高い高さの手すりを設置しているところもあります。例えば、ショッピングモールなどにおいては、施設が大きく目が隅々まで行き届きにくく、また、幅広い年齢層の不特定多数の人が使用すること、加えて物の落下防止による事故を防ぐ観点から、かなり高く設定しています。
設計する上においては、法令順守はもとより、実際の利用者の特性や施設の特徴から適切な高さを定め採用しています。
手すりの強度
手すりの強度については、建築基準法等に基準はなく、設計者の裁量に任されています。強度の問題による事故事例は少ないこともあり、危険だと感じることでなければ、明確な基準をもって手すり強度を定めていることも少ないように思います。
参考となるのが、共同住宅などに多く使用されるアルミ手すりについて日本アルミ手すり工業会が定めたガイドラインで、人の行動に伴う水平荷重について解説してあります。
また、国内基準として、ベターリビング(BL)・日本建築学会JASS13・日本金属工業協同組合自主基準の関係が分かりやすく表にまとまっており、参考になります。実際には、局所的な強度だけで全体を保持しているのではなく、繋がった一連の手すりとなっていますので、それを踏まえて、その用途や利用者、建築の部分としてのあり方などを勘案して設計する必要があります。
デザインとしての手すり
手すりは高さや強度といった手すりの技術的な側面とは別に、建築デザインにおいて大きな要素です。
「建築を構成するディテールとしての意匠的な美しさ」
「手で触れることになる身体的な心地よさ」
「壁とは違う、空間を規定する緩やかな仕切りとしての役割」
など、建築の一部分としてそのあり方が建築デザインを支える重要な要素であり、場合によっては建物の印象を大きく左右する可能性もあります。
技術的な側面をクリアしながら、意匠面を含むあり方を表現していくという意味では手すりはまさしく建築の醍醐味の一つであり、多くの建築家が様々なアイデアや意図をもって表現しようとするものの一つと言えます。